思ったことを語る

映画『リズと青い鳥』を見て思ったことを語る

*5/20 髪を触る仕草とひまわりのくだりを少し校正しました

5回の視聴を終えて、この作品への考えが固まってきたので、考察なんてものじゃないけど気になったことや感想をしたためることにした。自分自身の解釈の確認のために所々ポエム化してます。ネタバレには配慮していませんのでご注意ください。

「みぞれ」と「髪を触る仕草」

みぞれが髪を触るときは、彼女の考えを示しているように思えた。右に触れるときは肯定的、左に触れるときは否定的な感情ではないだろうか。ただしニュアンスが微妙でシンプルには受け取れない。

例えば希美が青い羽根を拾って「綺麗」と言ったときは左に触れている。希美以外には興味が無い、どうでもいいことからの否定だろうか。渡り廊下で「フグにごはんあげてた」と言うシーンでも左。新山先生と話していたことは内緒にしたい気持ちの表れだろうか。動作にもとっさにごまかしてる感が出ている。

麗奈に「相性悪くないですか」と言われたときは「違う」と返しつつも右に触れている。肯定的だからといってポジティブとは限らず、みぞれにはネガティブ肯定という概念もある。原作ではみぞれ自身が「気持ち悪い。こんなふうに友達に執着するなんて」と自己評価したりもした。

なんだか髪を触る行為は「回答」ではなく、むしろ「ここでこういう反応を示している。この時のみぞれの気持ちを述べよ」という問いかけに見えてきた。

「黄色い花」と「花言葉」

劇中で黄色い花が4回登場したのを覚えているだろうか。山田尚子作品において「花」は強いメッセージ性を持って描かれる。花の知識量が浅いため特定できているか自信はないが、触れないわけにはいかない。

1つ目は、冒頭の登校シーン。希美が校門をくぐって世界が彩られる演出の時に黄色い花が映される。あれはスイセンだろうか。黄色いスイセンの花言葉は「私の元へ帰ってきて」。

2つ目は、希美がみぞれを吹部に誘って手を引く回想シーン。一輪の黄色い花が二輪に変化する。このカットは特報映像でもフィーチャーされている。あの花はガーベラだろうか。黄色いガーベラの花言葉は「究極の愛」。

3つ目は、梨々花の「雨ですねぇ」のシーンとみぞれが図書委員ちゃんに怒られるシーンの間に、アイキャッチのように映されるひまわり。ひまわりの花言葉は「私はあなただけを見つめる」。ここは梅雨が終わって夏になった*というだけの演出かも。

*その後、梨々花の「オーディション落ちちゃいました」に繋がる。吹奏楽コンクール京都大会は8月上旬。北宇治高校はコンクールメンバーのオーディションをその1ヶ月ほど前に行っている。

4つ目は、希美と優子と夏紀が踏み込んだ会話をするシーン。棚の側面にカーネーションがくくりつけられている。黄色いカーネーションの花言葉は「軽蔑」「嫉妬」。この時は花言葉だけでなく存在する位置にも意味があって、消極的な女性を指す「壁の花」の表現でもあるのだろう。希美、そういうとこだぞ。

ところで、希美と優子と夏紀が会話するあの部屋がなんなのか気になった。音楽室付近の教室かと思ったがそれだと久美子の例の練習場所は見えない。どうやら校舎の北西にある倉庫のような小部屋を吹奏楽部が利用しているようだ。公式設定集にある校舎見取り図でいうと4階の右上、「流し」と書かれているところの上にある小部屋だろう。みぞれは自分の教室から廊下に出てそのまま窓を開ければ真下に久美子が見える。

「リズ」と「青い鳥」

みぞれがリズ、希美が青い鳥であるところから物語は始まる。二人の過去に当てはめて「私たちみたい」って希美がそれを言うのは美化しすぎだと思う。勝手にいなくなった希美と青い鳥は違う。希美、そういうとこだぞ。

とはいえ、音楽において鳥の表現はフルートの役目。第三楽章「愛ゆえの決断」も主役のオーボエが、少女の正体を知ってしまったリズの葛藤を描く役割であることは、原作でも明確になっている。オーボエパートを吹いた麗奈を「強気なリズ」と評していたし、映画での解釈も変わらないはず。

でも「希美の青い鳥らしさ、みぞれのリズらしさ」は説得力が感じられない。先ほど触れた「私たちみたい」とか、フグにごはんあげるのを「リズみたい」とか。希美の決めたことに従うみぞれのように、視聴者にも先入観を与えているようだ。でもみぞれのリズらしさである、青い羽根を両手で握りしめてキスするところは大好き。みぞれ、尊い。

物語への理解を深めるにつれて浮き彫りになるのは、みぞれに対する希美の執着心。みぞれが自分以外に興味や接点を持つことに異常な反応を示している。他の鳥たちがじゃれてるのを青い鳥が見つめてる様子を見て、胸が締め付けられているリズのように。

対してみぞれは2人のリズの登場によって青い鳥になる。1人目は高坂麗奈。みぞれが羽ばたく姿を見たい彼女は、強気なリズを演じてみぞれにアタックする。失敗したけど。2人目は新山聡美。彼女は過去の自分を思い出しながらみぞれに共感していて*、アプローチが上手い。みぞれが気付いた青い鳥の愛の形は、最初から希美に向けていた感情だ。

*原作『波乱の第二楽章』より。原作『北宇治高校吹奏楽部のホントの話』では新山聡美の大学生時代に触れられている。

最後の合奏練習でみぞれは羽ばたく。この時のオーボエは本来の役目とは異なる「青い鳥の愛の形」を表現したものだった。これを受けた希美は悔しさに打ちひしがれる。希美視点で画面や音がぼやける演出が心に刺さる。でもみぞれは別れを告げたわけじゃない。飛び立ってもまた希美の元に帰ってくる。みぞれはずるい。希美が軽率に放った「また戻ってくればいい」が残酷な意味合いになってしまったように感じた。

考えれば考えるほど『リズと青い鳥』は、希美が主人公の「羨望と絶望の物語」だ。

「doublelead,girls」と「flute,girls」

日常パートの象徴である2つの曲。『doublelead,girls』は剣崎梨々花のシーン、そして『flute,girls』はフルート女子たちのシーンで使われている曲だ。

doublelead,girlsはタイトル通りダブルリード楽器が使われているのに対して、flute,girlsにはフルートが使われていないことが気になった。doublelead,girlsの「iii」だけはflute,girlsに近い作りになっているが、これは梨々花がフルートパートの女子会に聞き耳を立てて、彼女らの世界に片足を突っ込んでるシーンだからだろうか。

「小鳥たちのさえずりのよう」と比喩されていたflute,girlsにフルートがいないのは、楽器の存在を忘れてきらびやか女子の集まりに見せるためなのか、それとも…。

「stereo,bright,curve」と「Kadenz,」

この2つの曲には特徴的な効果音が入っている。スライド映写機を切り替えた時に鳴るような音だ。劇中での何かの動作に合わせて付けられた効果音ではなく、抽象的な表現で入れられている。

『stereo,bright,curve』では、みぞれの「ずっと自分をリズに重ねようとしてきた」のあとに、2人の見ている世界を切り替えるように音が入る。そして「神様、どうして私に籠の開け方を教えたのですか」へ続く。

リズのこの台詞は、見て見ぬふりをできなかったことへの後悔だと思う。みぞれに執着しすぎなければ、音大へ行くなんて言わなければ、みぞれを閉じ込めたままにしておけたかもしれないのに、自らの手で時を進めてしまった。

『Kadenz,』では、大好きのハグのあと、希美が廊下に出てからの回想後に音が入る。こちらの効果音は前者とは若干違う。切り替わったというより終了したような音だ。最後のあの回想は、みぞれ視点の回想と比べて絵がはっきりしていて、台詞も「吹部」ではなく「吹奏楽部」になっているなど具体的だった。希美がみぞれ以上にあの時のことを鮮明に覚えている証拠だ。

大好きのハグでは、みぞれに「希美のフルートが好き」と言わせるための振りとして「みぞれのフルートが好き」と伝えた。でも予想した答えは返ってこない*。自分を追従するみぞれはもういない。それゆえの「ありがとう(わかった、もういいよ)」なのだろう。あの効果音は、希美の中で何かが終わった音かもしれない。でも、あの笑顔は良い方向に吹っ切れているように思える。

*希美は自分の音楽を認めてほしいというよりは、みぞれを試したかのように見えた。

傘木希美は汚い感情をたくさん晒け出してきたけど、ただ感情的になりすぎるだけなのだ。だから彼女が発する純粋な表情も、我々は邪推することなく受け止めなければならない。希美、正直すまなかった。

「青」と「赤」

水彩絵の具の「赤」が「青」に交わっていく演出。「互いに素」がテーマなので、あの絵も数学になぞらえて「共通部分」を表した図なのだが、どちらが青で赤なのか。希美とみぞれの瞳の色*かとも考えたが、パンフレットの表紙を見たら深く考えすぎだったようだ。表紙では、みぞれの背景には青い色、希美の背景には赤い色が使われている。

*瞳といえばハイライトに小さく違う色が入ってる云々は、リズ特有の表現でもない元々ユーフォからある描き方なので考えないことにした。

あのとき希美は「ソロを完璧に支える」と言った。みぞれが自由に羽ばたけるように、もうみぞれの枷にならないという決意に見える。みぞれは「私もオーボエを続ける」と言う。希美がいなくても彼女からもらった音楽は続けていく。みぞれはもう自分の意思で自分を決められる。何が食べたいかをすぐに言えるように。

2人は道を違えたように見えるけど、悲観的なものだとは思えない。なぜなら彼女がこう叫んだから。

Happy, I scream.

「山田尚子」と「UKパンク」

リズと青い鳥には監督渾身のギャグとして『ルー・リード』というワードが出てくる。古いロックミュージシャンの名前だ。山田尚子氏がUKパンク好きというのはご本人も語っているが、今回UKではなくアメリカ人ミュージシャンが出てきたのはリードとかけるためだろう。

映画『けいおん!』山田尚子監督はUKパンク好き!?
https://www.oricon.co.jp/news/2007371/full/

『けいおん!』では『The Who』がとにかくリスペクトされていて『映画 けいおん!』のEDはThe Whoパロの集大成(褒め言葉)ともいえる素晴らしい映像だった。そして『聲の形』ではOP曲にThe Whoの『My Generation』が使われていた。『たまこまーけっと / たまこラブストーリー』では喫茶店にあるレコードが実在するCDのジャケットだったり、テーマソングの1つである『こいのうた』も監督の趣味が出ているように思える。

そうした流れで今回もさりげなくネタが入れられたわけだが、ダブルリードとかけて「ダブルルー・リード」はわかるけど、それ以上の笑いのポイントを理解することは、傘木希美の感情を理解することより難しそうだ。

「リズと青い鳥」の「原作」

『リズと青い鳥』は小説『響け!ユーフォニアム 北宇治高校吹奏楽部、波乱の第二楽章(前編・後編)』から、希美とみぞれの話を切り取った映画だ。今ならカバーが二重になっていてアニメの絵が表紙になってるので見つけやすい。

じゃあ後編だけ読めばいいかといったらそうではなく、最初の登校からの練習シーン、梨々花がみぞれとうまくいってないと相談するシーン、みぞれが音大を勧められるシーンなどは前編に入っている。

当たり前だけど原作は久美子が主人公で作品本来のノリで話が進むので、ユーフォ本編っぽいリズと青い鳥を楽しめる。あのシーンこのシーンでのぞみぞれのお相手を務めるのは黄前久美子だ。さすが主人公補正。そんな原作に手を出す具体的なメリットを挙げていく。

  • みぞれがさらっとピアノ弾いてた理由を知れる
  • 写真1枚で終わったプールに行くシーンが見れる
  • 梨々花がチャルメラを吹いてた元ネタが知れる
  • 童話『リズと青い鳥』の話がより詳しく書かれていて、各キャラの作品への解釈も知れる
  • 低音パートでやってた大好きのハグのシーンの背景を知れる
  • モチーフにベン図が使われた元ネタの話がある
  • 「私もオーボエ続ける」の主語が書かれている

といった感じで、映画を見て物足りなかった部分を軽く補間できて良かった。とくに希美の心の闇を雑巾の汚れで表現するくだりは秀逸なのでぜひ読んでほしい。映画版では色々な表現やセリフをあえて削って吟味にされているので、それにより生まれた解釈の幅を狭めたくなければ、逆に読まない方がいいかもしれない。

ちなみにユーフォ原作をまだ読んだことがない方は覚悟が必要で、それは登場人物のほとんどが京都弁で喋るということ。別物として楽しむのも良いし、私はアニメ版のキャラに脳内変換しながら読んでいた。

最後に

『リズと青い鳥』は希美⇄みぞれに比重を置いた作品だけれど、優子のことも忘れることなく、みぞれ⇄優子の関係性もきちんとフォローされていたのが良かった。

この作品は『聲の形』のように、軽率に見ると心にどでかい穴が空くけれど、それでも気に入っているので、山田監督はこれからもこの路線でこじらせていただきたい。あのアンビエント感を楽しむためにまだまだ映画館に通うことになりそう。なんといっても傘木希美のクソデカ感情と毎回向き合うのが楽しいのだ。

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